昭和二年宮城電鉄(現JR仙石線)が塩釜から松島沿岸まで延長された時、遊園地と松島劇場と共に松島水族館も誕生しました。残念ながら水族館以外の施設は閉鎖され、水族館のみ日本で二番目の歴史のある水族館として営業を続けております。
創設者は高橋良作という方ですが昭和四十四年夏から私共仙台急行㈱が経営を引き継ぎ早、今年で四十四年目を迎えました。
この間、二千万人を超える入館者数となりますが、ご家族連れ、若いカップル、学校の遠足等で広く宮城県民、東北の人達の楽しい想い出作りの施設としての役割を担ってきたものと自負しております。
マリンピア松島水族館のスター達を振り返ってみましょう。
昭和五十三年鳥羽水族館より白いミニクジラの「スナメリ」がムコ入りしてきました。次にプクプク、ユーユーの愛称で親しまれた「マンボウ」は、水質、餌、狭い水槽での衝突事故等大変飼育の難しい魚でしたが、スタッフの努力により改良、改善の結果、当時長期飼育世界新記録を樹立し、亡くなった際松島町より準名誉町民を授与され、又、瑞巌寺からも戒名も頂きました。
昭和五十九年には「ラッコ」を展示しましたが年間九十九万人を超える人気商品になりました。母親が子供をお腹の上に乗せて泳ぐ姿に女性客が殺到しました。
そして世界でも三館でしか見られない「イロワケイルカ」は南米の南端マゼラン海峡付近に生息しておりますが、身体の模様がパンダのようにツートンカラーで「海のパンダ」と呼ばれております。マゼラン海峡はいつも風速二十米程の風が吹いており、さらに大西洋と太平洋の海峡の為潮の流れが川のように速く海の墓場として有名や場所であり、私もイルカを保護する船をチャーターして基地まで行く途中嵐の為に二日間漂流し、絶体絶命の体験をしました。
チリとの交流の中でペンギンの展示にも力を入れ、日本一の種類のペンギンが見られます。
現施設も老朽化が進み建て替え時期ですが、松島には「特別名勝松島」という建築規制があり、残念ながら移転する計画です。
三陸自動車道仙台港I・Cを降りた場所に仙台市の高砂中央公園予定しており、その一角に平成二十七年春のオープンを目指して準備中です。
私共の役割は展示飼育部門を担当して、これまで同様に皆様から愛され親しまれる水族館を目指していきたいと思います。
次回は、仙台市副市長 藤本 章氏